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【指南697 齊藤道場へようこそ】

営業マネージャーが送る
営業パーソン・営業リーダーへのアドバイス

先月からお送りしている「営業マネージャーからのアドバイス」。プルデンシャル生命で、長年多くの営業パーソンの採用や育成に携わってきた営業マネージャーが、自身の豊富な経験や知見に基づいて、営業パーソンにとって役立つ考え方や自身が信じる原理原則、哲学などを語ります。
今回登場するのは、プルデンシャル生命保険浜松支社 支社長の齊藤公一さんです。

齊藤さんは、信用金庫から2000年にプルデンシャル生命保険静岡支社にライフプランナーとして入社。その後、営業所長となり、2015年4月、支社長として浜松支社を設立しました。

齊藤さんはこれまで「決断」と「挑戦」によって、ビジネスマン人生を切り拓いてきました。
浜松に生まれ育ち、大学時代は東京で過ごしますが、長男だったこともあり、地元・浜松に戻って金融機関を志望して信用金庫に勤めます。
信用金庫時代はお客様や同僚に恵まれ充実した毎日を過ごしていたそうです。その後に結婚し、「人生こんな感じで続くのかな」と思っていましたが、プルデンシャル生命の営業所長からスカウトの電話がかかってきたことで人生が変わります。
「ライフプランナーのインタビューが載った資料を見て、プルデンシャル生命の仕事に大きな可能性を感じ、大きく心を揺り動かされました。ライフプランナーの営業スタイルは、こまめにお客さまを廻るということで信金の営業と共通する部分も大きい。自分だって絶対できるだろう、と思いました」
今から17年前、聞いたこともない外資系の会社、それも生命保険の営業への転職。周囲の猛反対は目に見えている・・・。齊藤さんは、体調を崩すほど思い悩みます。奥さまは齊藤さんの葛藤を敏感に察知して言いました。「何か考えているでしょ?」と。齊藤さんは心動かされていることを打ち明け、当然のように反対されるだろうと予期しますが、奥さまは一言。「もう決めているんでしょ?この後の人生で『あの時転職していたら』と少しでも思うようだったら、決めたほうがいい」と背中を押してくれました。案の定、両方の両親も上司・同僚も猛反対。でも齊藤さんの心は決まっていました。

そして転職。ライフプランナーとしてスタートして10年後には営業所長となり、浜松支社長となったのもまた、齊藤さんの決断でした。
齊藤さんが入社した当時、プルデンシャル生命は静岡県内には静岡市にしか支社がありませんでした。そのため、齊藤さんは浜松の自宅から静岡支社に車で1時間半かけて通いながらも、もっぱら地元の浜松で営業をしていました。
ライフプランナーとして業績は絶好調でしたが、ある時ふと思ったのです。「浜松市内の80万人の人たち全員に保険を提供するのは、何百年もかかる。でもこれが10人、20人仲間がいれば違う。浜松に拠点と仲間が欲しい」
そこから営業所長を目指し、その後、支社長としての基準も達成しました。そして、「地元浜松にぜひ支社を設立したい」と会社に希望を告げ、その熱意が受け入れられ、晴れて念願の浜松に支社を設立することとなったのです。
ライフプランナーになったことも、支社を設立したことも、全ては自分の決断と選択。齊藤さんは、挑戦によって自らの人生を大きく広げてきたのです。

今回は、齊藤さんが特に大切にしている営業哲学や思想、原理原則などについて指南いただきます。現役の営業パーソンのみならず、若くして営業リーダーとなった方、後輩をまとめたり育成したりする職に就いた方々に役立つ情報です。
次回更新は10月13日(金)、テーマは「ビジョンの創り方」です。ぜひご覧ください!

(写真)400年前に自然石で築かれた浜松城・「野面積み」の石垣の前で。浜松城は、徳川家康が拠点とし、後に歴代城主の多くが江戸幕府の重役に出世したことから「出世城」といわれました。
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