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【森川亮×奥田浩美】人間はダメだと思った瞬間からが勝負。そこから自分を鍛れば成長するはず

LINE株式会社CEOを退任し、動画ファッションマガジン「C CHANNEL」を立ち上げた森川亮さん。5月末に出版された初の著書となる『シンプルに考える』では、常識に捉われない森川さん流「仕事の流儀」が述べられ、話題となっています。

これまで延べ動員数10万人以上、数億円規模のIT業界イベントを成功に導き、数々のスタートアップ企業の隆盛を見守ってきた奥田浩美さんとの対談を通じて、「新規事業」に携われる人の条件やヒントを語っていただきました。

■新規事業のターゲットや企画はどう考える?

奥田:4月に立ち上げた「C CHANNEL」は、10代~20代の女性をターゲットとしていますね。森川さんが若い女性向けに動画メディアを作ったのは、これまでの事業の延長線上にあった構想なのでしょうか?

森川:今回のメディア事業は今までないものをやるか、これまでの延長線上のものをやるかどちらかしかないと思っていました。LINE事業の経験として、男性向けのメディアとなるとオタク向けかニュース系しかない。でも、モバイルは若い女性をターゲットとした新たな事業のほうが、パイが広がるイメージがあったんです。

奥田:うちの娘が高校1年生なのですが、動画にはすごく興味を持っています。ただ、男性のオタク色が濃すぎたり、CMから見せられることに萎えたりするんだとか。その点、「C CHANNEL」は若い女性がターゲットだから親近感を持っているようです。動画コンテンツの縦型サイズが、彼女たちがいつも手にしているスマートフォンの形状なのもすごいと思いました。

森川:スマートフォンは縦にどんどん見ていきますからね。PCは検索がメインでしたが、モバイルは検索が面倒なので、気になる情報が自然に届けられたらいいなと考えていました。「C CHANNEL」はザッピングするのに適したメディアを目指しています。

奥田:女性が縦に自撮りすることも意識されてるのでしょうか?

森川:はい、女性が美しく撮れることを意識していますね。フィルタにこだわりがある人も多いようなので、フィルタなどの編集のアプリも作ってます。

▲C Channel株式会社 代表取締役社長 森川亮さん 1967年生まれ。筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門に配属され、多数の新規事業立ち上げに携わる。2000年にソニー入社。ブロードバンド事業を展開するジョイントベンチャーを成功に導く。2003年にハンゲーム・ジャパン株式会社(現LINE株式会社)入社。2007年に代表取締役社長に就任。2015年3月に代表取締役社長を退任し、顧問に就任。2015年4月、動画メディアを運営するC Channel株式会社を設立。初の著書となる『シンプルに考える』が5月に出版された。
C Channel株式会社 代表取締役社長 森川亮さん

1967年生まれ。筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門に配属され、多数の新規事業立ち上げに携わる。2000年にソニー入社。ブロードバンド事業を展開するジョイントベンチャーを成功に導く。2003年にハンゲーム・ジャパン株式会社(現LINE株式会社)入社。2007年に代表取締役社長に就任。2015年3月に代表取締役社長を退任し、顧問に就任。2015年4月、動画メディアを運営するC Channel株式会社を設立。初の著書となる『シンプルに考える』が5月に出版された。

奥田:これらの企画はどのくらいの期間で考えたのですか?

森川:去年LINEを辞めることを決めてから、新しい事業を考え始めました。メディアのことを考え出したのは、年末くらいから年明けくらいですね。それから資金を調達し、人を探して。細かいところは年明けくらいです。考えながら作るみたいなスピード感で動いてきました。

奥田:スピードが早いですよね。森川さんの著書「シンプルに考える」にも書かれていましたけど、とにかくスピードが重要なのだと思いました。そういう時代の象徴的な起業の仕方なんだと。

森川:日本人はスピードが遅いじゃないですか。すぐ考えこんじゃう。

奥田:私たちが普通のスピードでやっていることを、世間の人たちは見切り発車だというので、「人生は見切り発車でうまくいく」という本を書きました。見切り発車こそが普通なんだと発信し続けてます。


▲株式会社ウィズグループ、株式会社たからのやま代表取締役 奥田浩美さん

MacworldやWindows Wolrd、interop、Google Developer Dayをはじめとする数々のIT系大規模コンファレンスの事務局統括・コンテスト企画などを行う株式会社ウィズグループ創業者。2013年には株式会社たからのやまを設立。2014年より、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)の未踏IT人材発掘・育成事業の審査委員を務め、若い世代の新たなチャレンジを支援している。著書に『人生は見切り発車でうまくいく(総合法令出版)』『会社を辞めないという選択(日経BP社)』『ワクワクすることだけ、やればいい!(PHP研究所)』がある。

森川:考えすぎなんですよね。何も考えないのは問題ですが、考えて1時間で決めるのと6時間考えて決めるのを比べて精度が違うかというと、そんなに変わらなかったりします。ある程度考えちゃうと、それ以上考えても正直あんまり変わらないんですよね。

奥田:それは今までの仕事の中で実感していました?

森川考えて議論すると、劣化することが多くて。最初に考えたことが一番キラキラしていたことが多いんですよね。だんだん輝きを失って、最後には落としどころを考えちゃってるようでは、どうしようもない。やはり直感が大事。

奥田:具体的に事業を決めたあとは、どう動かれたのでしょうか。

森川:メディア事業をやると決めてからは、若い人にフォーカスして一気に人を集めてきましたね。この新事業については、発表したらすぐ出さなきゃいけないなと思ってて。発表したら似たようなものが出てきたり、あれこれ言われる可能性があったので、3月末に辞めて4月10日に出すというスピード感で出しました。出したら出したで、1日も休まずに次から次へとやってますけどね(笑)。

奥田:すでに何百というコンテンツが上がってますものね。

森川:「クリッパー」と呼ばれる約100人のモデルやタレントがファッションやフードなどの動画情報を配信しているのですが、今は千コンテンツくらいかな。自分が若い女性ではなし、キレイやおしゃれの概念が多様化しているから、何がおしゃれなのかわからなくなることもあります(笑)。そんな緊張感があるなかで、次々とコンテンツを作っています。

メディアはコンテンツが大事なんですが、集客難易度が高い。最近は記事をネット上から集めて、安く集客しようとするバイラルメディアが増えて、自社コンテンツでブランドメディアを作ろうとする人は少ないみたいですが(笑)。

奥田:先日開催されたIVSのLaunch Pad(Infinity Ventures Summit(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)。経営者・経営幹部を対象とした年2回の招待制オフサイト・カンファレンス。「Launch Pad」は新サービスの発表の場)では、教育アプリを作っているスタートアップが、自分たちはコンテンツの中身で世界を変えると言ってましたね。プラットフォームに何でも乗せますではなく、中身を作れる力がなければいい人も集まってこない。自分たちにしか作れないもので、勝負すると宣言していました。

森川マーケティングもコンテンツ力も、両方必要なんでしょうね。いいものを作れば人は来るだろうというのは正論ですが、too muchになってしまった大手メーカーの悲哀もあります。結局はバランスなんだと思います。

奥田:“誰”が“何”をやるのかもスタートアップでは大事ですね。起業家が資金や人を集めるのは、個人としての魅力と、この事業をやりたいんだという情熱。森川さんの著書にも書かれてましたが、モチベーションは人があげるものではなく、自分がこうしたいと思うもの。すでに持っている人でないと、社会的意義やこれからの未来をいくら説いても、感情がわいてこないんですよね。IVSに来て成功し続けているスタートアップは、ずっと先の未来予想図を描いていた人よりも、未来は見ているんだけど、目の前の一つひとつに検証しながら立ち向かっていった人が多いんです。

森川ロジックだけで語る人は投資家には向いているけど、事業家や新規事業には向かないですよね。紙の企画書だけで終わる人が多い。メッセージの発信力が重要なんだと思います。発信すると感化された人が集まってきます。どんなにいいサービスや企画でも、知らなければ共感のしようがないものですものね。

■新規事業に、成功体験の必要性はある?

奥田:成功体験がないと事業が興せないと考えている人が多いようですが、私は著書でも書いていますが、ワクワクできるかどうかが一番大事だと思っています。

森川僕はその両方ですね。儲かるだけじゃだめだし、やりたいだけでもダメ。それにタイミングも必要だと考えています。世の中で必要にされていることを見極めることが大事。それに向かってある程度妥協も必要となりますね。

奥田:そのタイミングはどう見極めていますか?

森川:いつの間にかというのが多いですね。やりながら変わっていく場合も多い。世の中に求めてやりたいという人も増えてくると、連携する企業も増えて、売り上げにつながっていく。誰も必要とされないと、やはり大きくならないし。

奥田:一人のファンも作れないのはダメですよね。「俺は世界を変える」という若者がたまにいますが、まずは自分が変わって、隣の人を変えてみせろと。隣の人に共感されていないサービスなんて、まず成功しません。1億人の中に一人は、誰にも理解されない中から新たなサービスを考え出す人もいるかもですが。

私の事業もタイミングが大きく影響しました。1991年に事業を起こした時はまだインターネットが使われていたのは大学か軍事施設くらいで、次世代通信技術と呼ばれていた時代。「今ここに接している自分にチャンスがある」と思いました。アメリカがMacWorldを大々的にやっていた時代に、日本にはまだIT企業のプライベートイベントはなかった。日本にそうしたニーズがあるか確証はなかったけど、ローカライズする仕事を始めたんです。半年くらいはまったく反響がなかったんですが、1本決まったらその後はどんどん仕事が決まっていきました。

森川:日本は前例を大事にしますからね。

奥田:大きなイベント事業は2~3年やると規模が大きくなるので、大手広告代理店が担当するようになっちゃうんですが、それでいいと思っていました。ゼロから立ち上げのところは誰にもできないことなので、私たちがやる。その後大きな事業に成長したあとは、大手や他の人に渡してしまいましょうと。今も立ち上げて、成長させるまではうちの会社が携わることが多いです。

森川:産業創生ですね。

奥田:それを20年やってきました。よく例え話で言うのは「最初のコインを手にして、次に移動できるコインが稼げたら、その先の札束はほかの人にあげましょう」。大企業は札束を手にしないと食べていけないから(笑)。

■ダメだと思った時が勝負時。そこからどれだけ頑張れるか

奥田:森川さんはおだやかな風貌なのに、LINEで給料制度や人事制度を変えたりと、ワークスタイルにも変革を起こしていますよね。

森川サラリーマンの頃にずっと疑問に思ってたのは、なんでこの人たちが僕より給料をもらってるんだろうということ。自分の方が仕事もしているし、成果も出しているのに、ただ入社時期が早くて年上というだけで、給料をたくさんもらっている。コーヒー飲んで、新聞読んでるだけなのに許せなかった。そういう世界を変えたいと考えていました。
本質的には大企業がいいとか、お金儲けが大事とかよりも、世の中を変えるパワーが大事だと考えています。本質がもっと違うところにあるなと。アイデアがないとか、技術がないとか言うけど、結局はやる気がないからなんです。やる気が一番大事だし、そこに人が集まってくるわけだから。

奥田:何もしない人は、いいわけが多いですよね。子供を育てながらでも、介護しながらでも、会社2つ経営しながらでもやれるのに、と憤りを感じることもあります。

森川:僕が前の会社の上司に言われたことで、すごくショックを受けた言葉があるんです。「森川君、賢さってなんだか知ってる?」って聞かれて、自分の力で何かを生み出して変えていくことだと答えたんですが…なんて言われたと思います?

奥田:人と迎合することとか…?(笑)

森川「楽して儲けることだよ」って、言うんです。仕事しなくてもお金が入ってくるのが一番賢いんだから、会社で仕事しちゃいけないんだって。

奥田:楽ってなんなんでしょうね。

森川:誰からも責められないように何もしないで生きていくのって、それも一つの生き方ですけど、僕は共感できなかった。大企業で新しいことをしようとするとたたかれるけど、すみのほうでじっとしてたら普通にお金をもらえますものね。

奥田:それとはちょっと違いますが、新卒で入った会社では上に行けば行くほど、動いちゃだめだよ、何もしちゃいけないと言われました。部下だけで回せと。部下を育てるという意味もありますが、楽をしろという意味合いもあって複雑な気分でした。

森川:楽する賢さとは何かを考えさせられますね。

奥田:楽するというのは貿易的な考え方で、何かを生み出すのではなく、効率的に回すという時代もありました。そういう価値観を刷り込まれた人が時々いますね。汎用性のある仕事、誰でもできる仕事ではロボットでもできるし、右から左に誰でもできる仕事なんて人工知能でできる。

森川:マニュアルでできる仕事をしている人は、いつまでも評価されないですしね。

奥田今は世の中が、ありえないくらいのスピードで動いてますから。私は何が幸せだったかというと、世の中の最先端のITイベントの仕事しかしていないことなんです。イノベーションが起きる瞬間の会社の仕事しかしていない。ダレてきた会社やイベントの仕事はどんどん捨てて、前に進んでました。世の中どっちを向いているか、20年間嫌というほど体に染みついいている。今の私の源泉ですね。

森川:人はどうなるとダメになるか見ているわけですね。奥田さんから連絡がなくなったらこわいですね(笑)。

奥田:動いているとわかるんですよ。いい絵画ばかり見ているとわかるのと同じ。
攻めていこうとしているのか、現状維持しようとしても、安定できないくらいのスピードで進んでいっちゃう会社とか。

森川今は個人が進化する以上に、時代が進んでいますからね。会社も事業の成長を考えたときに、それ以上成長するために赤字でもやるべきかで悩むことがあります。個人もそうで、時代より成長しなければ成長といえないし、努力しないと変わらない。でもそれができない人は、ポジションや地位を守ることにせいいっぱいで、人をじゃますることに能力を使っちゃう。

奥田:今の時代、スピードが早いから全力で前に進まないと、どんどん置いていかれるだけなのに。

森川:脳科学者に聞いたのですが、人間は賢いから体が悪くなる前に、脳から体に信号を送るそうです。だから実はダメだと思ってからが勝負タイミングで、そこから自分を鍛えると成長できる。その時、どれだけ自分に鞭を打つかが大事になると言ってます。ダメだと思ったときにこそ、頑張らないといけないんですよね。

▼後編はこちら
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<取材・文:馬場美由紀 撮影:平山諭>

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