「……パチン」「パチン、パチン」
木製の“盤”を挟んで対峙するふたりは、ウンウン唸って頭をひねり、乾いた音を響かせます。1000年以上前から現在まで変わらず日本にある光景――将棋は、いつの時代も人々の生活に寄り添ってきた盤上の遊戯です。今回ご紹介するのは、将棋の駒にまつわるお話。ある経緯で消滅した「酔象(すいぞう)」という駒を、知っていますか。
■玉将に次ぐ強力な駒「酔象」
およそ480年前まで、将棋には「酔象」という駒が存在しました。酔象とは文字通り「酒に酔って暴れる象」という意味を指し“凶暴なもの”の象徴でもあります。当時、将棋の駒としてこの名前に採用された理由はまだ明らかになってはいません。
「玉将」「飛車」「歩兵」と将棋の駒には種類があり、それぞれ動かせる範囲や“成る”ことで得られる変化が異なります。酔象が動ける範囲は真後ろ以外の七方向で、玉将に次ぐ強力な駒。さらに敵陣内に入ると「太子」に成ることができます。太子は玉将と同様の八方向に進むことができ、かつ玉将を取ったあとも、太子が残っていた場合は両方を取らなければ勝ちになりませんでした。
このような玉将と同等の力をもっていた駒の存在に異を唱えたのは、室町・戦国時代の後奈良天皇。「大将がふたりいるのはおかしい」ということで酔象は消滅しました。まさに“歴史を変えた一言”といったところでしょうか、時の天皇が遊戯のルールに口を出し決定事項とするなんて、当時の将棋に対する世間の関心の高さがうかがえます。
昔の将棋盤の上には、兵や馬だけでなく象もいたんですね。将棋の世界観は、今の私たちが想像する以上にスケールの大きなものだったのかもしれません。